君の物語に、私は登場しない。

分かりきった結果だった。
彼とは知り合いですらない、「クラスメイト」という肩書きすら持っていない。
ただ、本当にただ、この学校の中からたまたま彼を見つけてしまって。
すきになってしまった。俗に言う、一目惚れだった。


黒縁眼鏡がとてもよく似合っていて、笑うとびっくりするくらいかわいい。
無表情の時は、「男性」特有の凛とした表情が顕になっていてかっこいい。
彼を見ていると、飽きなかった。幸せだった。遠くから、みているだけでよかった。
いい、はずだったのに。
友達との恋愛話。お決まりの、「すきな子いるの?」という問いかけに。
私は馬鹿正直に答えてしまったのだ、彼の名前を。
すき、とかつきあう、とかそういう想いじゃなかったのに。
ただ、見ているだけで幸せ、アイドルみたいな存在だったのに。
結局は彼も私と同じ学校の、同じ学年なのだから少しは手が届くんじゃないか、だなんて。
馬鹿らしい思い違いをしていたんだ。
アイドルに、手が届くわけもないのに。


「本当に、申し訳ないけど……」
言葉が、すっごく遠くから聴こえてくるような錯覚に陥っていた。
彼は目の前にいて、びっくりすることに今、私とだけ会話してくれているのに。
彼は別の誰かとお話していて、私はその話を盗み聞きしているような、そんな気持ちだった。
頭が、ぼんやりした。
頭が白いまま、「そうだよね、ごめんね困らして」と言っている自分がいた。
どうしてそんな言葉を言っているんだろう。
今は私だけが彼と会話しているのだから、「せめて友達から、」くら言えればいいのに。
いいのに、私の口は動かなかった。
ただ、気持ち悪い作り笑顔を張り付かせていた。


笑顔が溶けない。ずっと、張り付いたままだ。もう、いいのに。
もう、彼は教室から出ていったのに。
ひとりでにやけている子、になったまま気がついたら涙が出ていた。
どうしてかな、なんて思いながら。ひとりでぽたりぽたり、泣いていた。
自分をここまで客観視できたのも初めてじゃないだろうか。
こころが、すっごく冷えていた。
私が泣いてるよー、なんて思いながら、泣いた。
そして泣きながら、気づいたんだ。
私の世界にとって、彼は中心的存在だったけれど。
彼の世界には、私なんて登場してもいなかったんだ、と。
クラスメイトですらない。知り合いですらない。
私の名前が登場するページなんて、一ページもなかったんだ、って。